「選ぶ権利」を使ってる?
僕達は、色々なものを自分で選ぶことができる。
自分の進路だったり、働き方だったり、明日の食べ物だったり。
色々な選択肢を、自分で選んでいける。
でも。
本当に「全てを自分の意志で選んでいる」と言える人は。
一体何人いるのだろう?
こんにちは、うながし家(か)のつばさです。
僕達は日常的に、様々な場面で「選択」をしています。
それは仕事や進路といった「大きな選択」から、
今日の夕飯をどうしようか、などといった「小さな選択」まで。
僕達は選択を繰り返すことで、目の前にある現実を形成しています。
コラム102話、今回のテーマは「選択」です。
皆さんは、冒頭の文章を読まれてどのように感じましたか?
ちなみに。
僕は自分の選択肢を他人に投げだしていたんです。
僕達は、自分の行動をある程度自分で選択することが出来ます。
色々と外的要因は絡んできますが、
それでも自分でコントロールすることは可能です。
以前の僕の実例を挙げるなら。
僕は営業という仕事が大嫌いであったにも関わらず、
転職先には「営業職」で入社していました。
おかしいですよね?
営業が嫌いだと言いながら、営業職で入社する。
そして、やはり営業は嫌いだと愚痴を言う。
そんなに嫌なら、営業以外の仕事に就くようにすればいいのに。
完全に矛盾しています。
でも、僕は営業職を選びました。
ずっと営業だったから、今更営業以外の仕事には就けない。
稼ぐためには、営業をするしかない。
僕が「営業職」を選ぶのは、仕方のないことなんだ。
そんな「言い訳」を自分にして、思考を放棄していました。
本当にそうだったのでしょうか?
いえ、決してそんなことはありません。
今、僕は営業職以外の仕事をしているからです。
営業スキルは必要ですが、営業が本業ではありません。
自分の生き方は、自分で選ぶことが出来るんです。
疲れ切って情熱を失ったまま、大企業で働いている人がいます。
手元にお金はそんなにないけれど、笑顔で働いている人がいます。
一体どちらが幸福なのでしょうか?
「つらい」と嘆きながら仕事をするのか。
「楽しい」と笑いながら仕事をするのか。
僕達は、自分で選ぶことが出来るんです。
しがらみはあるでしょう。
周囲の人達は、「常識的な選択肢」を提示するでしょう。
でもそれは、自分の人生における「ベストな選択肢」でしょうか?
「自分の生き方を選べる権利」は、世界からのギフトです。
それを「行使しない」という選択は。
自分の人生を他人に丸投げすることと、同じではないでしょうか。
誰かに何かを言われたとしても、選んだのは自分です。
今目の前にある現実は、自分の選択が積み重なった結果です。
であるならば。
他者や環境に流されるのでなく、自分の選択に責任を持つ。
そして、選択の先に訪れる「自分の現実」を。
より一層良いものに変えていく、そんな努力を続けたいですね。
【しつもん:どんな生き方を選びますか?】
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