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「困っている人」に何をする?

   

困っている人がいたら、助けてあげなさい。
 
可哀想な人がいたら、助けてあげなさい。
 
弱い人がいたら、助けてあげなさい。
 
 
 
こんにちは、うながし家(か)のつばさです。
 
 
 
小学校の頃、僕は上記のようなことを先生から言われました。
確かにその通りです。
助けを求めている人に、手を差し伸べるのは人として当然でしょう。
(長いこと出来ていませんでしたが 汗)
 
 
 
では、何から何まで「してあげる」のが親切なのでしょうか? 
 
 
 
高齢者施設に入居している方々を対象に、こんな研究がなされました。
  
片方のグループは、必要とされる手助けを全て受けられる。
もう一方は、手助けが限定される代わりに、行動と選択の自由がある。
 
その結果は、
後者のグループの方が健康状態も良好で、幸福感を感じているというものでした。
 
 
 
また、重度の知的障害を持つ人達が、地域に貢献するという機会を通じて。
その後の判断能力や活力に、大いに変化が出たそうです。
 
 
 
どちらのケースでも、社会的には「弱者」とされる人達です。
 
 
 
ですが、そんな人達が「誰かに貢献する」「自分で選ぶ」という行動を通して。
自己肯定感や幸福感を得ることが出来ました。
 
 
 
「受け取る」ばかりでは、幸福感は感じられないのです。
 
 
 
今年の5月、フィンランドに行きました。
障害を持つ児童が、
一般の児童と同じ学校で同じように授業を受けていました。
  
「出来る出来ないではなく、あるのはただの”違い”だけ」 
 
そう語った先生の言葉が、とても印象的でした。
 
  
 
親切にして「あげる」
これはともすれば、受ける人を下に見ている表現ではないでしょうか。
 
 
 
困っている人が本当に困っていて、誰かの助けを必要とするならば。
助けることは当然でしょう。
 
 
 
ですが、ひょっとしたら僕達は。
親切にして「あげる」ことで、
誰かの自尊心や選択の自由を奪っているのかもしれません。 
 
 
 
子育ても同じだと思います。
子どもが失敗しないようにと、世話ばかりしていたら。
いつまでたっても「自立した大人」にはなれません。
 
 
 
何から何までサポートするのではなく。
時に「見守る」ということも、愛のある選択だと僕は思うのです。
 
 
 
あるのはただの「違い」だけなのですから。
 
 
 
【しつもん:その行動には「愛」がありますか?】 
 
 
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